複業・パラレルキャリアを二十年続けてわかったこと



自然と始まったパラレルキャリア

懸賞投稿

高校生の頃から、雑誌の懸賞などに応募して図書券をいただくことを趣味にしていました。

文章を書くとお金になる、ということに興味を覚え、ばくぜんと文字を書く仕事をしてみたいと思っていました。

大学を卒業するときに、少しだけ考えたのが、メディアの世界。でも夜討ち朝駆け24時間勤務は当たり前の世界。いまならブラック企業と言われかねない業界です。当時の新聞社は、土曜日も出勤日でした。おじが新聞記者をしていて、そのハードさは聞いていましたので、自分には向いていないと考えて、会社員をしながら趣味で書くという道を選びました。

テレビ番組制作

それでも、大学卒業後、カード会社に勤めたあと、しばらくは衛星放送の会社に就職して、番組制作の仕事をしていました。スポーツチャンネルでしたので、野球やサッカーの試合会場に入ったり、選手の様子を間近に見たりと、メディアで働く楽しさは十二分に堪能しました。

しかしながら、番組制作と文字を書くということは、似て非なるものです。結局、自分の時間で好きなことを書きたいと思い、給料の良い損害保険会社へ転職することにしました。

保険会社

損害保険会社では、二年ほど働き、一通り実務を勉強したあと会社を設立しました。

ファイナンシャルプランナーの資格を取り、保険代理店の登録も行いました。生命保険、損害保険に加入していただくことが、おもな仕事となりました。

はじめのうちは大変ですが、軌道に乗ってくると、あとは更新手続きを繰り返すだけです。

ライター

自営業は時間の使い方を自分で決められますので、空き時間でライターの仕事をはじめました。

コネなどありませんから、編集部へダイレクトメールを送りました。面白いと編集者から電話がかかってきて、そこからライターへの第一歩が始まりました。ここでは保険会社でのDM発送の経験が役に立ちました。

いくつかの雑誌で連載などもさせていただき、テレビ取材なども受けるようになりました。しばらくは自由できままな毎日を過ごしていました。

図書館

それでも時間が余っていたので、大学院生だった友人がアルバイトをしていた早稲田大学の図書館で、夜のアルバイトをはじめました。

仕事と言っても、大学院生と先生しかこない図書館で、一時間に一回見回りをするだけ。ほとんどすることはありません。

毎日マーケティングの本を読みあさりました。棚の端から端まで、ドラッカーの本は、すべてこのときに読みつくしました。パラレルキャリアを、そのむかしから提唱していたのが、ドラッカーです。

同窓会

その影響もあり、ボランティア活動にも積極的に取り組みました。

卒業した学校の同窓会の仕事を手伝ったり、むかしお世話になった音楽教室のお手伝いなども、すべて無給ですが、積極的に行っていました。

この時期は、本業と図書館と同窓会と音楽教室と、比重はそのときどきによって変わりましたが、四つの仕事を同時に抱えていたことになります。

子供も三人いましたので、育児も仕事とすれば五つの役割を回していました。

本業が副業に、副業が本業になるパラレルキャリア

手数料切り下げ

ところが、環境というのは変わっていきます。突然変わるのではなく、徐々に変わっていくのです。

インターネットの出現により、保険業界もその中に飲み込まれていきます。価格競争が起きて、安いネット保険に引きづられるように、代理店型の保険会社の保険料も徐々に切り下げられていきます。

そして、一番のしわ寄せを食うのが、下請けの販売代理店です。当初20%くらいあった販売手数料が、最終的には保険料の3%といった水準にまで落ち込みます。手数料はいまや消費税8%よりも安いのです。国の徴税権というのはとてつもない権力だと思います。

売り上げが変わらなくても、手数料率が切り下げられていくので、わずか数年で収入が激減していきます。

弱い下請け

アフィリエイターの状況は、当時の保険業界の状況とそっくりです。検索エンジンのアルゴリズム変更で一気に収入が下がり、委託元企業の方針が変われば、手数料率が下がり大打撃を受けます。

発注元の企業も生き残りのために必死ですから、下請けのことなど気にしていられません。保険代理店は次々と廃業、もしくは合併をよぎなくされました。

収入に直結しないボランティア活動が助けてくれた

ボランティアがきっかけで公益法人へ

そんなときに声をかけてくれたのが、ボランティアをしていた音楽教室です。私がお手伝いをしていた音楽教室の先生が、上部組織の地区リーダーとなり、本部に若い人を入れたほうが良いと、私を事務所長に推薦してくれたのです。前任者は七十歳になる銀行の元取締役でしたから、大抜擢です。

文部科学省の公益法人には、そんな偶然から勤めることになりました。

それまでの本業は、父が社長になり、母が営業を担当し、妻が経理を行う形で続きました。いわゆるファミリービジネスです。

両親ともに定年を迎え、子どもたちも独立し、時間が出来たときでした。タイミングも良かったと思います。両親もすでに年金があるので、現役時代のように働く必要はありません。ときどき旅行にでかけながら、のんびりと引き継いでもらいました。

公益法人の改革

私は保険会社で得たノウハウを生かし、公益法人の組織や業務を改革する提案を行い、次々と実行しました。

ここで私は組織で動く楽しさを知りました。

若いときは、会社員でも組織の末端にいるので、単純な作業が多いかと思います。しかし、ある程度の権限を得ると、仕事はがぜん楽しくなっていきます。大掛かりな仕事は、組織に属していないと出来ません。仕事は給料がもらえればよい、というものでもありません。

皇居の宮内庁を訪問したり、東宮御所を訪問して侍従の方々にご面会いただくこともできました。「お願い書」という天皇皇后両陛下の行幸啓をお願いするための文書を作成したりと、民間企業では絶対に経験できない、公益法人ならではの仕事をさせていただくことが出来ました。

一万人の参加者を集めるコンサートイベントを企画し、日本武道館で天皇皇后両陛下、高円宮妃殿下にもご参列いただき大成功しました。

ところが、二年ほどしたところで、突然父が余命宣告を受けます。ガンです。あと二ヶ月の命。あわてて私はもとの仕事に戻ることになりました。

公益法人の仕事も外部アドバイザーとして続けながら、ファミリービジネスに、急遽復帰することとなったのです。

先輩からのお誘い

以前のような売り上げはありませんので、どうしたものかと考えていたところ、スタートアップの会社から声がかかりました。最初に就職した会社の先輩が会社を立ち上げるから手伝ってほしいというのです。

はじめはコンサルとして、途中から社員として毎日通うようになりました。ここでも保険業界の経験、起業の経験、メディアを使った広報の経験などが生きたのです。

その後、予定通りの業績が出せず、米国の資本家たちが手を引くことになり、給料も当初の予定から大幅に減額されることになりました。

ここで私はいったん会社員に復帰して、地道な道を歩むことに決めました。

楽しくないと続かない

外資系企業会社員

その後は、外資系企業で会社員として勤務してきました。いわゆる普通のサラリーマンです。副業は出来ません。そのような時間的余裕もありません。

子供が小学生、中学生、高校生と進学する時期に差し掛かっていましたので、サラリーマンの固定給はとてもありがたいものでした。

休みの日には、同窓会の理事や、所属していた音楽教室のコンサートなどがあれば、そのお手伝いなどをしていました。当然ながら、無給です。

しかし、パラレルキャリアとして、その後も週末を中心にボランティア活動は続けておりました。

平日は朝の9時から7時過ぎまで働いていますから、家に帰れば夜の9時、10時。あとは食事をして、ビールを飲んで、風呂に入って寝るだけです。

社員は裁量できない

政府は副業を広めようとしているようですが、日本のサラリーマンの現状の意識の持ち方では難しいと思います。

私が自営業のときに、いくつもの仕事を掛け持ちできたのは、すべて自身で選んで決められたからです。

裁量労働制と言ったことばはありますが、自営業者、経営者の裁量とは本質的に異なります。

会社員の仕事は基本的に人から命令されて行います。勤務時間もほぼ決まっています。そこに裁量する余地はありません。

自分の意志で行っているかどうか。ここがいちばん大きな違いだと思います。

時代は必ず変わる。複業のおかげで変わることが出来た。

年収一億円

アフィリエイターの人たちを見ていると、かつての保険代理店の人たちと重なります。

地道な努力が必要なので、最初の一年で生き残るのは始めた人たちの一割ほど。ほとんどの人たちが、続かずにやめていきました。

生保セールスの場合には、年収が一億円を越える人もあり、腕に自信のある営業マンたちが挑戦し、続々と年収一億円を達成していきました。

しかし、そのような成功者でも、長続きすることは稀で、景気が悪くなれば販売は低迷します。

運次第、それもまた人生

保険会社が傾けば、営業マンの売上も伸びません。様々な要因が重なり、結局途中でやめる方が大勢ということになります。その割には、すぐには成果につながらないし、地道な努力の継続が求められます。

いまのアフィリエイターも、継続して高収入を得るということは出来ないでしょう。

いまは人工知能しか思い浮かぶ要素はありません。しかし、思わぬところから、時代の変化の波は押し寄せます。

そして、気づいたときには、いつのまにやら、根こそぎ土台ごと、沖合にまで運ばれてしまう。そんなことが起きるのだと思います。

自営業のスキルを身につける

確定申告で学ぶ

複業することで身につくことは、自営業者としてのスキルです。

まず簡単なことでは、確定申告を行うことで、税の仕組みを理解することが出来ます。

新卒で会社に入社して、ずっと会社員をしていると、住宅を購入したときくらいにしか、確定申告を行う機会がありません。

会社員で確定申告を行う機会がある人はまだ良いでしょう。ほとんどの会社員は確定申告をすることもなく、仕組みを知らないまま、定年を迎えます。

会社員でもマンション経営や、株式投資などを行えば、知識を身につけることはできます。

確定申告を行うようになれば、会社員として交通費、接待費を使うときでも、税務申告をする上で、どのような意味があるか、理解した上で経理部へ領収書を提出することが出来るようになることでしょう。

中小企業のしくみも見えるようになる

法人を設立すれば、法人としての申告も行うことになります。

個人の所得と、法人の所得と、どのように分散して、中小企業オーナーが資金のやりくりをしているかがわかるようになります。

企業オーナーがなぜお金を手元に貯めるのか、その気持ちもわかることでしょう。

会社員をしながら、複業をするとこれらのことを、空き時間にしなければなりません。時間のやりくりが大変です。

しかし、いちいち面倒に感じる手続きでも、長い目で見れば、その経験は、あとで必ず役に立つのだと思います。

社長になって経営者の視点を知る

社長と社員は違う世界の住人

社長と従業員とでは、見える世界が違います。

組織の大小はあっても、経営者と従業員とでは、発想の仕方や考え方が、全く異なります。

たとえ小さくても、会社の経営をしてみれば、気になることは同じこと。

小さな会社であれば、必ずしも利益を出さなくてもよく、事業が継続できれば良いということはあるかもしれません。

しかし、上場企業であれば、利益を出すことは必須です。

社員の給料は増えない

仕事を頑張って、給料を増やしてもらう、といったことを考える会社員がいます。しかし、利益を上げるためには、可能な限りの経費を削減しなければなりません。

上場企業が行っていることは、会社の経費を削減し、利益を上げるということ。そして、最近の傾向として、その利益は従業員に還元されることはなく、成功報酬として取締役の給与に上乗せされていきます。

業績が上がれば、従業員の給与が増えるなどということは、理屈から言っておかしなことです。それを信じてしまうのも経営者の視点を持たないから。

某自動車会社の会長が隠した年10億円の報酬を、もしも配下の管理職二百人に分け与えれば、ひとり五百万円です。

それを独り占め。人の欲には際限のないことがわかります。

アフィリエイトでSEOを知ることは役に立つ

先の見通せないブロガー、アフィリエイターの仕事ですが、自営業者としての経験は後で生きてくると思います。

SEOについての知識と経験は、これからマーケティングの仕事をしていくためには必須の知識。

広告代理店に勤める友人が、いまのウェブマーケティングはわからないと、ぼやいていました。最先端を極めていけば、そして結果を出していけば、いつかきっと役に立つはず。

テレビ広告の営業を行っている広告代理店の営業マンよりも、よほど将来性があるように思います。

ボランティアはつながりを広げてくれる

直接的な収入にならないボランティアは、とても重要だと思います。

これはモラルの問題ではなくて、人生を生きていく上で、技術的な意味でも重要だと感じるのです。

仕事を進める中で、収益をあげる必要がある場合、素人が担当することは、はばかられます。しかし、ボランティアであれば、多少の失敗が許されるのです。

例えば、カメラマンやアナウンサーになりたい、といった人が、行事の記録係や司会などを、試しに行うことが出来ます。

収入にはならないかもしれませんが、そこで経験ゼロの状態から、1,2,3,4と、経験値を増やしていくことが出来ます。

また業務上の人間関係から離れたつきあいとなりますので、利害関係のない者同士、私のようにそこから就職の話が持ち上がったり、仕事を紹介されたり、あるいは、結婚相手が見つかったり、といったことがあるかもしれません。

思い返してみれば、私の結婚も同窓会の先輩とのドイツ旅行がきっかけでした。

複業を考える上で一番重要なのは、収入の有無で考えない、ということだと思います。経験を重ねることができるのか、それも自分の興味があることを、楽しくできそうか、ということだと思います。

もしも気がのらないことを任されそうなときには、断ればよいのです。これも自発的な意志が求められる、ボランティアの良い点だと思います。

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