ハンディキャップを埋めたエアコンとメガネの発明。攻殻機動隊とマトリクスの世界。
熱中症についての報道が連日続いている。気温が四十度近くにまで上がると、三十度前後の夏に慣れている体にはきつい毎日となる。
先日香港へ行ってきたが、気温は日本と同じ程度。しかし、熱中症になるので外で活動するな、といった呼びかけは聞かない。路面はアスファルトではないので、足元から熱せられるような、フライパンの上にのったような暑さはない。海が近いので、海風が吹くということもあるかもしれない。しかし、高層ビル群は日本以上の高密度でそびえたち、人口の密集度は日本の比ではない。
日本は大戦後、高度経済成長と呼ばれる奇跡の復興を遂げた。そして、それは日本人の勤勉性に起因していると、信じ込んでいた節がある。しかし、人の行動がその土地の気候風土に起因すると考えれば、その土地が赤道へ近づけば近づくほど、生産性が落ちていくのは、自然の摂理と考えられる。
しかしながら、ここの所のアジア諸国の発展ぶりは、日本経済の停滞を横目に著しいものがある。暑ければ人の活動は鈍り、生産性は落ちる。今年の日本の夏であれば、午後二時前後に屋外で肉体を酷使する作業を行うことは、命の危険性さえあるだろう。しかし、この日本の夏のような状況が一年のほとんどを占める熱帯地方のいくつかの国々では、にもかかわらず著しい経済発展を遂げている。
旧来からある仕事、例えば屋外作業などは今まで通り変わらず暑い中で行われる。しかし、機械化が進み、穴を人がショベルで掘る光景は見られなくなった。パワーショベルを使った穴掘りが一般的だろう。掘り出した土砂を運ぶのはトラックだ。人が直接運ぶことはほとんどない。屋外作業とはいえ、機械化が進み、人への負担は減っている。
頭脳労働については、室内に拠点を置いたネット空間で繰り広げられるようになった。涼しさを人工的に作り出せれば、電気代といったコストはかかるにせよ、気候によるハンディは克服できる。また、そのような条件で、先進諸国と横並びになることができれば、あとは共同体に属する人々の能力の差となる。同じ人間である以上、その違いは僅差だ。教育によってその差を埋めることができれば、国土を覆う熱帯雨林も、様々な潜在力を秘めた未開拓地へと変わる。
つまり、エアコンに代表される機械装置、情報技術によって、暑さというギャップを埋め、涼しい気候にある国々に勝る経済成長を遂げつつあるのが、現在成長著しい、シンガポール、マレーシア、インドなどの国々と言える。
このような考え方は、ハンディキャップについて考えるときの参考になる。
目の悪い人は、メガネやコンタクトレンズがないと生活できない。メガネのない時代に生きた目の悪い人々は、役立たずと言われたかもしれない。仕事をするにせよ、目が見えなければ相当なハンディになったはずだ。しかし、今を生きる私たちは、目の悪い人たちを差別することなど思いもつかない。メガネやコンタクトレンズを付ければ、普通に生活ができるので、差別することなど、夢にも思わない。
欧米諸国がアジアの拠点を考えるとき、エアコンがなければ、シンガポールを果たしてアジアの拠点として選んだであろうか。アジアの中でも好位置にあることや、英語が公用語であることや、税金が安いことも選ばれる原因だが、その一つ一つがシンガポールという魅力的な拠点の特徴を形作っていく。
とはいえ、日本がシンガポールになることはない。日本語しか使えない人がほとんどだし、アジアの端っこにあるのでどこへ行くにも不便だし、ほとんど毎日国のどこかで地震が起きている。しかし、私たちはここで生きている。そして、日本が劣っているとは思っていない。日本は劣った存在だから存在する価値はない。日本は生活コストがかかりすぎるから、英語を公用語にすべきだ。そんなことは誰も言わない。
テクノロジーが、人々の違いを埋めていく。エアコンが熱帯地方を変えたように、人の個体の持つギャップも埋まり人類の姿形も変わる。攻殻機動隊やマトリクスの世界もすぐそこにある。