世紀末パリ チュイルリー
チュイルリー
大学二、三年の夏休みに、当時フランスの会社に勤めていた父に、出張の時期を合わせてもらい、三週間ずつをパリで過ごしたことがある。
ホテルは高級ブティックの並ぶ、サントノーレ通りにあり、道を一本越えるだけで、簡単にチュイルリー庭園へ行くことができた。だから、さすがに二週間も過ぎて、暇を持て余すようになると、天気が良いときを見計らい、昼寝をしに何度か通った。
チュイルリー庭園は、ルーブル美術館から、シャンゼリゼ方面へ向かう、その中ほどにある庭園だから、パリを訪れる観光客なら、誰でも一度は目にするはずだ。
パリの街は、いつも必ずどこかで、古いものを新しくする工事が行われている。
当時、まだガラスのピラミッドは完成前で、ルーブル美術館の入り口は、中庭の反対側にあり、大蔵省が右翼(リシュリュー翼)の一部を使っていた。
今回、ポンピドーセンターが改修中ということで、行かなかったが、三年前に改修中だった市立近代美術館で、そのポンピドーセンター内の国立近代美術館のコレクションを展示していた。どこかで、どこかが補っているのも、また面白い。
三年前、訪れたときには、まだ半分もできあがっていなかった、サンドニのワールドカップサッカーのメイン会場は、すでに完成して宴の跡だし、知らぬ間にTGVがドゴール空港まで伸びていた。
考えてみれば、日本の町並みも、驚くほどの速さで変わっているわけだから、そう何度も行く事のない、異国の風景が変わったところで、不思議はない。しかし、日本であれば、全てを破壊し、新しいものを建て直すのに対し、パリの場合、一見、表面上何も変わっていない、というところが驚きなのだ。
例えば、ルーブル美術館は大きく変わった。かつては、薄暗くて、ひんやりと寒い印象が強かったが、今やどこにもその面影はない。照明は微妙に配合され、その醸し出す陰影は見るものを時の彼方へと誘う。建物の外観は何も変わっていないように見えるが、中や地下は別世界だ。「戦艦大和」が「宇宙戦艦大和」に生まれ変わったのを、見ているようだ。
それは大きな建造物に留まらない。三年前に泊まったホテルの前を通ったとき、私は仰け反った。三ツ星だが床の傾く、薄暗いボロホテルだったところが、四つ星の高級ホテルに生まれ変わっていた。外観は何も変わっていないのに、中身だけ、そっくり変わってしまったのだ。働く人も高級ホテルらしい身なりで、とてもボロ鞄の私が踏みこめるところではなくなっていた。
サンミッシェルのホテル街もそうだ。町並みも、居並ぶレストランも私の記憶のままだ。しかし、かつて二百フランで泊まったはずの一つ星ホテルが四百フランになり、星が三つになっていたりする。中を覗くと、ちゃぶ台のようなところに腰掛けていたおばちゃんが消えて、変わりにスーツを着たお兄さんが立っていたりする。
フランス革命二百周年に合わせて、ガラスのピラミッドや新凱旋門が建てられ、その直線上に並ぶ、チュイルリー庭園も色鮮やかに整えられた。セピア色のフィルムの似合う公園が、十年たって、デジタルカメラの明瞭な色彩を身にまとい、目の前にある。
昼寝をしていたベンチの場所が、思い出せないくらいに、庭園そのものが変わっているのだが、何がどう変わったのか、良く考えてもわからない。
記憶の中にある、老人が丸一日中、空を見上げ、腰掛けていたベンチは、確か錆び付いて、濃い緑に茶をまぶしたような色彩で、私の記憶の中には在るのだが、どこを見まわしても、そんなベンチはない。
チュイルリー庭園で、久し振りに昼寝をしようとも思ったが、横たわると木漏れ日の気持ち良い、あのベンチがどこにも見つからない。ぐるりと見渡したあと、あきらめて、私は公園を背にし、セーヌ河畔へと足を向けた。(1998/11)
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