人生百年時代のカレンダー

 人生五十年

織田信長が生きた戦国時代であれば、人生は五十年だったようですが、いまや人生百年時代などと言われています。

しかしながら、本当に百年生きる人は、それほど多いわけでもなく、平均寿命はいまのところ、男性で八十一歳、女性で八十七歳前後です。

実際のところ、たとえ百歳まで生きたとしても、体が二十代の頃のように動くわけでもなく、四十代後半から、坂道を転げ落ちるように、体力は落ちていきます。

五十代ともなれば、自分でも信じられないほど、イメージと実際の体力との間にギャップが生まれ、徹夜は出来ない、体重は落ちないと、いままでとは違う領域に入ってきたことを、ひしひしと感じます。

百年も生きないけれど

おそらく、百歳まで生きる人がこれから増えるにしても、自分自身も百年生きるかどうかはわかりません。

そして、いつまでもだらだらと、なんとなく幸せな毎日を生きることができるわけでもないことは、うすうすと気づいています。

年金は満足に出ないだろうし、日本の国家自体が財政破綻しているかもしれない。

これだけ国の借金が積み増している状況ですから、これから先はなんだかんだと、年金は削られることでしょう。

自分自身でなんとか出来るように仕組みを作っておかないと、百年も生きてしまったときには、惨めな晩年を過ごすことになると、多くのかたは、心配していることでしょう。

大切なことは可視化すること

とは言え、せっかく生かされているのですから、限られた時間を有意義に過ごしたいとは誰もが思うこと。

そうは思っていても、日々の仕事に振り回されて、目先のことで右往左往し、結局自分は何をしたかったんだっけと、ときどき思いはするものの、また、怒涛のごとく、時間に追いまくられて、大晦日を迎える、というのが、人生。

せめて、その時間に追われている日々の中で、ときどき立ち止まるきっかけになるものがあればと思います。

私にとっての振り返りポイントとなっているのが、この百年カレンダーです。

数年前に、父がなくなり、その父が部屋に百年カレンダーを貼っていました。

私も父の死をきっかけに、自分の人生の百年カレンダーを手に入れようと思い、入手しました。

ライフプラン表の代わりにもなる

私はファイナンシャルプランナーでもあるので、ライフプラン表を仕事で作成していました。

だいたいどのような人でも、人生のパターンというものは、おおよそ決まっています。小学校、中学校、高校へ進学したあと、ある人は大学や専門学校に進学し、ある人は就職をする。

途中何度か転職をして、独立する人もいれば、定年まではたらく人もいます。

私は、その自分自身の軌跡を、おおまかにこのカレンダーの中に書き込んでいます。

一年一年はとても小さなスペースなので、細かくは書き込めませんが、おおよそ、学校時代、住んでいた場所、働いていた会社、旅行先、大きな出来事、などを記入しています。

一枚の大きな紙に、三百六十五日✕百年分の日数が、ひとつひとつ書き込まれていますので、その一粒一粒が、いかに貴重なものであるかを実感することが出来ます。

私は既に五十代に突入していますので、百年の半ばを過ぎています。

半ばと言っても、実際のところ百年も生きるとは思っていません。

七十代か、八十代か。このカレンダーに刻まれた、日々のどこかで、私の人生は確実に終わるのです。

ときどき出して眺めてみる

このカレンダーは、普段、書棚の中にしまってあります。

ときどき出してきて、ダイニングテーブルに広げて、眺めるのです。

年に二、三回でしょうか。

調子の良いときは広げないものです。忙しくて、そんなカレンダーがあったことなど忘れています。

しかし、病気になったり、転職をしたり、自分の人生に変化が訪れたときに、ふとこのカレンダーを思い出します。

思えば、父が部屋に百年カレンダーを貼ったのも、私と同じ四十代の頃だったかもしれません。

私はときどきそれをみながら未来を思い描いていたりしましたが、だいたいよく見るのは、過去のところです。

未来のカレンダーには、まだ何も刻まれていないので、カレンダー上に日付は印刷されてはいますが、もやもやとしています。日付はありますが、あるようでないものなのです。

未来をどんな1日にしていくか。選択肢は、まだ私の掌中にあります。

できれば二十代からがおすすめ

二十代、三十代、というのは、まだ人生が始まりかけのところで、目標に向かって突き進んでいるころでしょう。

そんなときに、その先の先まで見る、ということは、よほどその人が何かの試練に遭遇することでもない限り、ないでしょう。

だからこそ、もしもこの百年カレンダーが気になったのであれば、いまから入手しておくと良いのではないかと思います。

私自身は、二十代の頃から、父が持っていたカレンダーをコピーして使っていました。でも、父の年齢に合わせたものだったので、終わりがせいぜい七十すぎまでの分でした。

実際に百年を目の前に広げて、毎日毎日、少しづつ人生が過ぎていく様子を眺めていると、人生をいかに充実させるかを真剣に考えるようになります。

手元に置き始めるのは、早ければ早いほど、良いと思います。

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